台湾逍遥の記

 昭和14年の秋、内田百閒が勤め先である日本郵船所有の大和丸に乗船し、神戸を出港、台湾本島の基隆へ上陸するまでには、4日を要したという。中部国際空港台湾桃園国際空港間はたった3時間のフライトだから、航海上の百閒よろしく「ぼんやり」の贅沢さに浸る余裕もないといえるが、旅の予習のために頁を繰っていた旺文社文庫版は持参。

 現地で水牛を見かけては食欲に駆られて、そのすき焼きを所望するような百閒先生の思考回路には、やはりにやつかされる。水牛云々の雑感を披露し、食肉の要諦について語ってみせる一節では、「豚は生まれた時から人に食はれるにきまつてゐる様であつて、その外に使ひ途もないであらう。若し豚に宗教があるなら、死後の生命は人間の肉体に宿ると云ふ事になつてゐるに違ひない」とあくまで素っ気ない。このくだりを何気なく読み返していたら機内食が提供されて、アルミの蓋を開けてみると薄切り肉が甘辛く炊かれた豚丼だった。ありがたく胃の腑に収める。缶入りの台湾啤酒をちびちび飲んで気分上々。

 滞りなく入国の手続きを終え、到着ロビーに向かう。事前に聞いていた引率者の目印を探すと、橙色のベストを着て待ち受けていたのは山村紅葉さんに似た、気さくなおばちゃん。乗合バスで台北市内に移動、さながら車中は日本語が達者な紅葉の独演会だった。投宿先のホテルで下車する。

 地下鉄を主たる移動手段として、徘徊を開始。乗車の際には紙の切符ではなく、指定の金額が記憶されたトークンを使うのだが、その昔、賭け事の手ほどきを受けたドンジャラの付属コインを彷彿とさせる形状である。

 台北101の地下にある《鼎泰豊》の支店へ。送迎のみならず、各種の仲介サービスも任とする2時間サスペンスの女王から受け取っていた手書きの予約票を提示すると、自動的にコースが開始され、小籠包をひたすら食べた。大瓶の台湾啤酒クラシックを飲む。美味しい。

 誠品書店の信義店に立ち寄る。日本の某所では円に換算しても倍を超す値が付けられていた、統治下の新聞広告集成を落手。統一時代百貨の台北店に入っている無印良品を視察する。レイアウトや客層は言うまでもなく、値下げの赤字ステッカーを貼られた、売れ行きが芳しくない洋服の種類さえ日本と何ら変わらない。既に夕刻、退勤時に賑わうデパ地下の様子に和む。

 適度な風のある気候で、陽が落ちてからもあてどなく歩く。ずんぐりした体躯を揺さぶるように動くチャウチャウを目撃。おやじさんが中華鍋の油にお玉で円を描きつつ揚げる甘い里芋とか、若い夫婦が営む出店のスパイスをまぶした鶏肉とか、買い食いして臨江街夜市を回る。宿に戻った途端、意識を失う。

 二日目。昼頃、新幹線(高鉄)で南下、台中へは1時間の道のり。目下開発中と思しき郊外にある高鉄台中駅から、本数の少ないローカル線に乗り継いで市街地に入る。いかにもという感じの彰化銀行本店の威容を仰ぎ見、大木が軒先に育っている珈琲店に感じ入る。

 複数冊ガイドブックの類を用意しながらも真剣に目を通さなかった癖に、出国の間際、空港の書店ではどさくさに紛れて『BRUTUS』の増補版台湾特集をレジへ。台中の項目で頁が割かれている、台中市第二市場に向かってみた。迷路のように入り組んだ場内は、青果、鮮魚、精肉と、鼻をかすめる匂いが10秒ごとに移り変わる。《山河魯肉飯》にて、豚の角煮が乗るお茶碗一膳を平らげ、『BRUTUS』を鞄に忍ばせた甲斐があるというもの。

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 蒸し暑いなかを歩き回り、お八つ時には《第四信用合作社》で、ライチと凍頂烏龍茶のアイスを食べた。もと金融機関の建物をお洒落に改築、店先にはごつい金庫扉が記念碑的に配されている。それから今度は、日本人が開業した医院の煉瓦建築を菓子店に改めている《宮原眼科》に入る。両者は系列店とのことで、確かにアイスのカップも同一なのだが、『BRUTUS』は「インスタグラマーの聖地で、おいしかわいいMYカスタマイズを投稿」と指南している。ライチと凍頂烏龍茶ではいささか地味な彩りで、盛り上がりに欠けるだろう。

 台中の中心駅はぐるりを普請中。高架化されて稼働している新しい駅舎には、古いホームを通り抜ける格好の接続なのだが、ここがまた柱の意匠といい、埃っぽさといい、取り残された感じが素晴らしい。

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 各駅停車で、新幹線の駅まで引き返す。構内のロイヤルホスト、すなわち《楽雅楽家庭餐庁》で一服。提供される麦酒が台湾啤酒で、揚げ物に添えられるカゴメトマトケチャップが「可果美蕃茄醤」表記であるほかは、商談後の打ち上げか、ネクタイを緩めてくつろぐ中年の日本人が特に賑々しく、東京大阪のターミナル駅と同じ光景だろう。他事を考えていて気づかなかったのだが、ロイホのサラリーマン諸氏が台湾啤酒の沿革を語っていたと後で教えられる。そういえば台湾滞在中、折あしく持病の結滞が始まってしまった百閒は、これを麦酒で緩和させたという。肝心の銘柄には触れておられないけれど、台湾啤酒の前身にあたり昭和14年当時、総督府専売品だったという高砂麦酒に、もしかしたら癒されていたのかもしれぬ。

 台北に戻り、夕餉はホテル併設の閑古鳥が鳴いているレストランで、牛肉と葱の炒め物、焼きビーフン、小籠包、炒飯。何を食べても美味い。腹ごなしに近くを一周。夜毎、果物を売る屋台が出ている。苺が小ぶりだ。セブンイレブンで買った、台湾啤酒ハニー味を頑張って飲み切る。

 三日目。まずは永康街から青田街にかけての一帯を早足に。5、6階建てのアパートメントの谷間、聞き及んでいたとおり確かに古い日本家屋が立ち並ぶ。ちょうど国立台湾師範大学の東側。オークラの売店で土産物のパイナップルケーキ等を買う。ヌガーはオブラートに包まれ、愛らしい小箱に入っている。続いて迪化街では、你好我好で台湾啤酒用のグラス等、永興農具工廠で鉄のフライパン等。台湾全土に展開しているフライドチキンのチェーン店、頂呱呱に駆け込んで簡単な昼食を摂る。付け合わせはじゃがいもではなく、さつまいも。

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 夕方の便に搭乗、帰国する。アルコール傍らに思い出を辿るよすがにしようかと、香辛料を加えたしぐれ煮のようなビーフジャーキーを購い、スーツケースに詰め込んでいた。阿呆な話だが、輸入禁制品であることも碌に確認しておらず、動物検疫の窓口に出頭、没収してもらう。申し訳ございませんが焼却処分にさせていただきますと、却ってこちらが恐縮してしまうような担当官の方に、農林水産省発行の小冊子をいただく。家畜伝染病予防法に基づく処置の由、勉強になる。旅は肉に始まり、肉に終わった。